Shoumiブログ

女の人生賛歌。

生きることに意味を見出すのは無意味だ。

こんにちは、Shoumiです。

 

新年も目前、2017年を振り返れば、

嬉しいこともつらいことも、いっぺんに押し寄せてきて、

毎日をただただ生きることに、いっぱいいっぱいだった気がします。

 

嬉しかったことは何と言っても、息子が産まれてきてくれたこと。

難産だったし、母子ともに死にそうだったし、

一歩間違えば…というスリルはあったものの、

つつがなく過ごせている日々を鑑みると

わたしはなんて幸せなのだろうと思います。

 

つらかったことは、一言では言い表せないけれど、

息子をこの世に迎える前に、息子の父親と別れて、

その前には自分を育ててくれた会社との別れがあって、

仕事と結婚の両方からドロップアウトしたことは

けっこう打ちのめされる出来事でした。

 

仕事を辞める時に抱いていた仕事への不満一つ一つは、

いまになって考えると、欲張りな悩みだったなあとわかるのですが、

その時はその時で必死で、辞めるしかないと信じていた。

時が過ぎてみると、あのころは良かったと未練がましく思ってしまう、

どうしようもない自分がいるのだけれど、

あれはあれで最善の選択だったと、心に折り合いをつけて次に進むしかない。

 

結婚だって、もっと彼を信じるべきだったのだろうかとか、

もっと自分が我慢すべきだったのではないかとか、

そもそも一緒になろうとしなければ、いまも友人のままでいられたのだろうかとか、

毎日もやもや考えてきりがない。

でも、あのまま一緒になっていたら、息子を苦しめただろうし、

でも、一緒になろうと思ったからこそ、息子が生まれてきてくれた。

それらは否定できないし、したくないし、全面的に受け止めていきたい。

結果的に全て最善の選択だったと、わたしが信じないでどうする。

 

・・・

 

いまの状態を受け入れよう、そしてこれから頑張ろうと、

何度も何度も思ってみては同じだけ、

「何のために生きているのだろう」と、ぐるぐる考え込んでしまいます。

 

 

30代を目の前に、仕事も結婚もリセットされた状態で

何者でもないただのわたしと向き合う毎日では、

わたしは何だ、生きるとは何だ、という問いを繰り返しているのです。

 

・・・

 

この世に生を受けて、まだ1年にも満たない息子は、

毎日ミルクを飲んで、寝て、

しゃべったり、笑ったり、寝返りしたり、

一つずつできることを増やしながら、

一生懸命生きて、成長し続けている。

生きる理由なんて概念はそもそもなくて、

ひたすら生を全うするだけ。

 

そんな彼を見ていると、生きることに意味を見出すのは無意味だと感じます。

生きている、生きられている、生かされている、

どれも決して当たり前ではなく、ただそれだけが尊くて、

生きること自体がすばらしいのだと、思わざるを得ません。

 

・・・

 

生きることは本来、最大の奇跡にして目標であるのに、

現代人のように、生きることが当たり前になっていて、

ハードルを上げ続ける人生では、

希望や幸せがそこかしこに転がっていることに

なかなか気づけないのかもしれません。

 

もっと等身大の自分を見つめ直して、肩の力を抜いてみたら、

案外、どんなにつらいこともたいしたことなく、

ひょいっと乗り越えられるのかもしれません。

 

まあ、そんなふうに切り替えられないから悩むわけで。

ああわたしは、きっと欲張りなんだろうな。

 

色々考えても、答えが出ないのならば、

生きることに何らかの意味を見出そうとするのは、

わたしにとっては無意味なんだな、とわかりました。